煙の末5
対人術
「五情五欲」くすぐる
忍術は幻術で人の心を操った
科学万能の現代においても世の中を動かしているのは昔と変わらぬ人の心だ。人の心は感情と本能的欲望を理性で制御して成り立っている。だが、時にはささいな感情のもつれやある種の欲望から、理性を失った行動をすることもある。家族や友人間なら単なるけんかで済んでも、それが国家間ともなれば戦争に発展することもある。
意図的に感情や欲望を刺激し、人心を惑わし対立関係を生じさせたり、人を盲目的行動に追い込んだりすることも忍者には可能だった。
忍術に「五情五欲の理(ことわり)」という術がある。五情の理とは、人間の「喜」「怒」「哀」「楽」「恐」の五種類の感情を刺激して人の心を揺り動かす術だ。五欲の理は「食」「性」「名声(地位)」「財産(金銭)」「風流(趣昧)」の五種類の欲望を突いて人を意のままに動かす。
これらはもともと兵法の心理戦から生じた。合戦での謀略、策略に利用されたのだ。そうした任務に就いたのが忍者だった。たとえば敵の有力な武将に近づきその欲望を刺激して寝返らせたり、あらぬうわさを流して敵の結束を弱めたりした。また、昔の人は迷信深く、科学的な知識に乏しかったから、暗示にかかりやすかった。忍者はそこにつけいる「幻術」を使った。幻術とは現代でいう催眠術のようなもの。ちよっとした"奇跡"を見せて人心を操ったのだ。ほかに手品を使ったり、薬学、医学に詳しいことを 利用して病気を治したりして巧みに人の心をつかみ、扇動した。まるでど こかの新興宗教のようだ。昔の人は現代人のように裕福ではなく、幸せを求める欲求が強かったか ら、忍者がそこにつけ込めたのだという。しかし、最近マスコミをにぎわせている国家公務員の汚職事件に典型的に表れているように、「五情五欲の術」は現代でもそのまま通用しそうだ。人間の本質は結局、今も昔も変わらないのかと思えてくる。