煙の末 10
正心
「民のため」心殺して任務
忍者は心を殺してことにあたった。
そのよりどころが「正心」だった
悪用を厳しく戒め
今や「NINJA」という言葉が国際的に知られるほど、忍者には人気がある。ヒーローといえば決まって正義の味方だが、実は忍者はそうともいえなかった。情報収集のために密書を盗むのは窃盗、人をだますのは詐欺、暗殺は殺人、火事を起こして混乱させるのは放火の罪にあたる。現代人の目から見ると、まさに犯罪行為ばかりだ。それは「竊盗」と書いて「しのび」と読む忍術伝書や、加賀藩の伊賀忍者団「偸組(ぬすみぐみ)」などの名称からもうかがえる。
では忍者は悪人かというと、そうでもない。戦乱の時代を生き抜くためには、あえて犯罪行為にも手を染めなければならなかったからだ。戦争自体が破壊と殺りくで、敵対する両者それぞれが自分たちの行為を正当化しているにすぎない。勝者が善、敗者が悪とされるのが常だった。
忍者は忍術を習い始めるにあたって、起請文を入れたという。「忍術は国のために使うもの」という一文を書き、それ以外の目的に使うと天罰が下る、と戒めた。ここでいう「国」とはむろん日本全体ではなく伊賀や近 江といった地域を指している。忍術伝書「万川集海」はその冒頭で延々と「正心」を説いている。忍術を私利私欲に用いることを強く戒め、正心と は仁義忠信を守ることとしている。これは盗賊などに悪用されることを恐れたから、という説もある。内閣文庫に保管されていた「万川集海」は、昭和30年代までは閲覧不可能だった。当時の住宅ではまだアルミサッシが普及しておらず、大半は昔ながらの日本建築で「万川集海」に記述がある、家へ忍び入る術などが、簡単に悪事に使われる心配もあったからだ。しかし、何よりもこの「正心」は、忍者の心が一般の人と何ら変わらないことを示している。
戦乱の世に要求される忍者の仕事は、一般道徳に背いた行為だった。おそらく、人間として相当悩んだことだろう。しかし、乱世で生き抜くためには、後ろめたさやためらいがあっては成功しない。国のため、民のための行為で正義であると信じればこそ、勇気も出て能力を発揮することができる。悪いことだと思っていることをあえて実行するには、精神的なバツクボーンが必要だった。それが「正心」だったのだ。忍者の「忍」は刃(やいば)と書く。心に刃をあてる、すなわち心を殺して事にあたる者が忍者だった。