煙の末 8
忍術伝書
流派の権威づけ、伝承目的
今に伝わる忍術伝書
忍者が口に巻物をくわえて印を結んでドロンと消えたり、巻物を奪い合う場面が、かつての忍者映画や漫画でよく見られた。この巻物、すなわち忍術伝書にはいったい何が書かれていたのだうか。
現存する忍術伝書には「万川集海(ばんせんしゅうかい)」「正忍記(しょうにんき)」「忍秘伝(しのびひでん)」の三大伝書をはじめ、「忍術秘書奥義之傳巻」「忍法秘巻」など多数ある。忍具を図解入りで解脱したものや薬を紹介したものなど内容はさまざまで、現代人から見ると一見荒唐無稽に思える呪術(じゅじゅつ)ばかりを取り上げたものもある。
「万川集海」は1676年(延宝四)、藤村保武が著した。書名の通り伊賀、甲賀に伝わる忍術の諸流派(四十九流派)を、すべての川が海に集まるように集大成した伝書だ。だが、忍術の大半を占める呪術についての記述はない。さらに、忍者が最も活躍した戦国時代ではなく、平和が訪れた江戸時代に著わされている。いったいなぜだろうか。現在伝えられている「万川集海」は、1789年(寛政元)に甲賀の大原数馬らが幕府に献上したものだ。幕府への就職口を探すのがねらいで、清書の際、一般には理解されにくい呪術が省かれたのではないだろうか。
また、多くの伝書が「万川集海」と同様、江戸時代に書かれているが、忙しくてまとめる余裕がなかったからではない。忍者が活躍した戦乱の世は実力第一主義で、書物には何の価値もなかったのだ。世の中が平穏になり、他の武術同様、流派の権威づけや伝承、備忘のために著したというのが真相のようだ。
「口伝あり」という文字がやたら目につくのも伝書の特徴だ。詳しいことは、口伝がないとわからないようになっている。秘密保持のためあえて逆の意味に書き、口伝で本当の意味を教えているものもあるが、ほとんどの場合、文字だけでは表現しにくいという理由からだ。忘れた時にちょっと見て確認するためのものともいえる。
現代人は忍術伝書を特別視する向きがあるが、忍者にとっては、そこに書かれていないことの方が重要だった。